私の原点 「日本のこころ」

私は、高校2年生の時、岡潔の「日本のこころ」に出会いました。

人生で最も多感で、悩み多き時代であるはずの高校時代。
都立高校の自由でおおらかな校風そのままに、当時はぬるま湯のような環境だったことを思い出します。

そこに一石を投じたのが、一人の音楽教師。彼は私の最初のメンターとなりました。
彼は、自分の御眼鏡に適った生徒を集めて、昼休みに「読書会」なるものを開催しました。
その最初が岡潔の「日本のこころ」だったのです。
後に、シェークスピアの原書やデカルトの「方法序説」、道元禅師の「正法眼蔵」に至った記憶があります。
今思えば、高校生相手に随分無茶なことをしたものですが、私の基礎はここで形成されたと言っても過言ではありません。

さて、岡潔は稀代の大数学者です。
数学を数式だけでなく、情緒的に解くことをライフワークとしました。
数学の諸問題に関する解法の全体像を情念で感じ、イメージしたものを数式に当てはめていく。
更には、「教育は情緒を旨とする」ことを自らの教育論としていました。
教育は人を育て、ひいては国の礎となる。それが、日本のこころとなるという考え方です。
岡潔は、日本人の心の根底は情緒的思考にあり、これを日本人の真情であると言いました。

芥川龍之介や夏目漱石の作品、物理学者の寺田寅彦の随筆を愛読していた岡潔は、これらの作品や随筆は実に情緒的であり日本人が大切にしなければならないものだと位置付けています。

「日本のこころ」は、岡潔が新聞に連載したものを3部(人生、情緒、教育)構成に編纂したものです。
この本の最初に納められた「春宵十話」は、最近、復刻版が出版されています。それは、藤原正彦の「国家の品格」で引用されている情緒論や教育論は、岡潔がルーツだからです。
藤原正彦自身も数学者ですが、「一に国語、二に国語、三四がなくて五に算数。あとは十以下」であると述べ、国語教育の充実を推奨しており、「読書をもっと強制的にでもさせなければならない」「教育の目的は自ら本に手を伸ばす子を育てること」と主張しています。日本人の情緒的思考の根底は日本語教育にあり、岡潔の教育論に通じるところです。

この2人の主張は私の持論とも一致します。
私は、「教育振興として、高い次元でバランスのとれた人財育成をしたい。」「全人教育をしたい。」と、かねてから思っていますが、これは即ち「日本のこころを育てたい。」ということです。
岡潔は「数学を情緒的に解く」と言い、藤原正彦は「数学を解かせる前に国語に力を入れる」と言います。
私の考える真の教育振興とは、 「 日本のこころ = 情緒 」 を育てることにあると考えています。

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