数学の極意 数学は出題者の意図を酌み情念で解く

今回は、数学への取り組み方についてお話しします。

受験生の諸君には、かなり難しい話かもしれません。
分かる範囲で良いですから、お付き合いください。

さて、
数学には、いわゆる「難問」「奇問」と呼ばれるものが存在します。

解答に際して非常に高度な力量を必要とされながらも
入試問題としては適切である、と思われる問題が「難問」とも「良問」とも呼ばれ、
入試問題としては無理がある、と思われる問題が「奇問」とも「悪問」とも呼ばれます。

何れも、基礎力だけでは太刀打ちできず、
想像力とテクニックと経験を総動員して取り組まなければなりませんが、
受験に出題される「難問」には一定の約束事があります。

1.出題者の意図が明確である
問題文の中には適切な条件が整然と配置され、
「受験者に何をさせたいのか?」という出題者の意図が的確に反映されています。

2.適切な誘導がある
難問には必ず解法の手順が示されています。
(1)が(2)のヒントとなり、(1)と(2)の解答プロセスが(3)のヒントになるという具合に、
難しい問題を幾つかのステップに分けて導いてくれます。

受験生の諸君に良く見かけることなのですが、
文章題や「難問」が苦手な受験生は、この手順を全く理解していません。

(1)で解いたヒントを(2)に使おうとせずに、1から解き始めます。
これでは、出題者が用意してくれた道筋をまったく理解していないということです。

数学の問題を解くということは、
「問題文を通して、出題者と対話する。」ということです。

出題者も人間ですから、問題文には「情念」が込められています。
この出題者の「情念」を受け止め、問題の意図を酌みとる能力こそが真の学力です。

そうです。
実は、これは日本語力なのです。

大数学者の岡潔さんは、「日本人の心の有り様は情念にある。」と言いました。
そして、自ら「数学は情念で解く」ことを信条として、世界的な活躍をしました。

後に、岡潔さんの流れをくむ藤原正彦さんが「国家の品格」を著しましたが、
彼もまた、「一に国語、二に国語、三、四がなくて五に算数、あとは十以下」と明言しています。

日本を代表する数学者が日本語と情念を重要視しているのは偶然ではないのです。

数学嫌いな諸君も多いことと思いますが、
数学の問題を通して出題者との対話が楽しめるようになれば、
美しい数学の世界を垣間見ることもできるようになります。

是非、このような考え方で取り組んでみてください。

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